先月末、メトロポリタンオペラを鑑賞してきた。題目は「フィガロの結婚」。今回三度目のオペラ鑑賞であったが、今までで一番理解しやすく、またオペラの何が面白いのか、何となくその訳が分かったがような気がした。このメトロポリタンオペラの会場には、いかにも裕福な方達が毎回多数来場しており、ブロードウェイのミュージカルと趣を異にするゴージャスなニューヨークの雰囲気を味わえる。オペラ鑑賞は今日で三度目。まさかこんなにここを訪れるとは思っていたなかったが、ニューヨークに留学や駐在でしばらく滞在されているなら、一度は鑑賞に訪れてみることをおすすめする。
今回はバルコニーの最前列から。なかなか良い席。
さて、今週もクリニックでは様々な出来事があった。ここにいると「この患者はクレ○ジーだ!」という発言(暴言?)をよくクリニックで耳にする。短気でせっかちでわがままなのはニューヨーカーの気質なのかもしれないし、実際さすがにそれはないだろうという患者さんもいることは確かである。一方、患者さんの反感を買うようにさせているのは、こちらの対応に問題ある場合も多い。少し大げさかもしれないが、これはこの2年間アメリカの臨床の現場で診療してきた私の個人的な考察から導きだされた仮説である。
NYU歯学部1階のロビー。この建物の中で毎日1300名の歯学部生と100名を超える専門医課程のレジデントによる診療が行われている。

 

何例か紹介しよう。今日は午前中、一人目の患者は先週金曜日、シカゴで学会に参加している間に、ペリオのクリニックで大騒ぎになった患者さんが来院した。7月に埋入したインプラントが計7本あり、そのうち2本が脱離し治療期間が大幅に延長してしまいそうである。

 

 

以前から使用している入れ歯の使用感、咬合などそれほど問題もないのでそのまま使っててもらい、順調にいけばオペ3ヶ月後のこの9月に、インプラントの上部構造の作成に移れるはずだった。がしかし、オペの時にその入れ歯をペリオのレジデントが壊してしまい、そのまま2ヶ月経過、仮歯を作ろうとしていたら今度は7本中2本が脱離し、固定性の仮歯をすぐにセット出来なくなってしまった。

 

このままだと最終補綴物をセット出来るのはうまくいって半年後、来春頃になってしまう。

 

そんなイライラしている時に、ペリオのクリニックの受付スタッフの不躾な対応に、普段は温厚な患者さんがついにブチ切れしまったのだった。患者さんの話を聞いていると、ペリオのレジデントが壊してしまった訳だし、確かに一理ある。

 

これには伏線があって、3ヶ月前にインプラントを埋入した際、おそらく入れ歯が割れてしまったのだろうが、少し割れたくらいなら、その場で修理するか、少し連絡をもらえれば対応できたかも知れないのに。まぁすぐ仮歯を入れるから大丈夫、と言い残し、そのレジデントは2週間後卒業してしまったらしい。

 

さらに4階補綴科クリニックの受付には、治療費5000ドルを前払いしたのに、ロクに調べもせずにまだ支払っていないと言われたそうだ。確かに、プロフェッショナリズムのかけらもない対応である。

 

午後は、また別の患者さんが電話口で怒鳴り声を上げていた。

 

「それはないんじゃないの?もう二年も治療にかかっているのよ。あなたたちの態度や対応はプロフェッショナルじゃないわ。今度クリニックに行ったときにファカルティに文句いわせてもらうからね!」

 

これも患者さんのおっしゃる通りだが、テク二シャンの言い分も少しは分かる。バイトを噛み合わせが疑わしい場合は、ファカルティと話をしたいというのは当然のことだ。さて患者さんが来院するのは来月7日。2週間も先である。実は前回テクニシャンのミスで、部分床義歯のクラスプがフィットせず最初から再製することになってしまったのだ。それは6月の話である。

 

何の変哲もないシンプルな部分入れ歯を作るのに半年以上もかかっていては、いくらはここは教育機関だは言えさすがに時間がかかりすぎではないだろうか。

 

噛み合わせのスペースが気になったのなら、その時点で私に電話一本入れて相談すればいいだけの話である。実際この患者さんはファカルティが咬合採得を行い、少しバイトの合わない箇所はあとで対応することになっていた。

 

フレームが合わなくて作り直し、さらにここにきてこちらの不手際で1ヶ月も治療が進まない。これでは患者さんにそういわれても仕方がない。と同時に、そういう現状や解決先を分かっていながら、強く主張できない自分も情けないとしか言いようがない。

 

結局来週のアポイントが2週間先延ばしになり次回は10月。このまま無事に10月中に治療が終われることを祈るのみだ。

 

そのあとのアポイントは、上顎7、10、11番、下顎24番のチッピングが生じ、ベニアにしたいと以前来院したことがある患者さんだった。実はこの方は2ヶ月ほど前にエマージェンシーで来院した際、私が担当した方である。

 

その時は右上犬歯の先端部がチッピングを生じ、将来的にはベニアにしたいが今回はとりあえずレジンで応急処置として修復を希望して来院していた。その時の私の対応や処置を気にってくれたようで、ベニアにする時は私に治療して欲しいということで、今日の午後、アポイントメントを取っていたのだった。

 

それ以前に、そもそもひどい歯周病だ。右上の前歯が二次的な外傷で垂直性の動揺を起こしている。カルテをみたら、歯学部生がディープクリーニングしているではないか。それなのにこの歯茎の状態はどういうわけだ??

 

ちなみにその患者さんはいらっしゃらなかった。もちろん事前の連絡はない。。

さらに最後は治療開始時点からトラブルが生じている患者さん。矯正、エンド、ペリオ、補綴の包括的な診断、治療が必要な患者さんは、まずは補綴科で総合的な治療計画が立てられ、それをもとに矯正、エンド、ペリオの各科は治療をしなければならない。それがインターディシプリナリーアプローチの生命線である。

 

ところがこの患者さんは、補綴科にまわってきた時点で、矯正装置がついていた。そして、下前歯4本にGBRも完了し、あとはインプラントを埋入し、3ヶ月後に補綴をセットすれば治療終了となるはずだった。

 

だが、患者さんには補綴(被せもの)の治療費が合計6000ドルほどかかることが事前に知らされていなかったらしく、いざインプラントを埋入しようというこの段階にきて、治療が始められない事態に陥ってしまった。治療を開始するには、とにかく補綴科でトータルの治療費の30%を支払わなければならない。

 

患者さんは3ヶ月の待機期間があるのだから、とりあえず今すぐインプラントを入れて欲しいという。3ヶ月後には30%分を支払えるが、今すぐは無理だという。何とも官僚主義的というべきか、お役所仕事というべきか、現在の補綴科ではそのようなフレキシブルな対応が許されていない。

 

ほんと、まずはもうすでに卒業してしまっていない矯正科のレジデントに文句の一つでも言いたい心境だ。補綴の治療費も支払えない患者さんに矯正を始める、しかも治療費の説明をせずに始めるなんて、詐欺みたいなものではないか。患者さんの言い分は最もだが、治療費のことはすべてマネージャーに任せることになっているので、勝手なことは出来ない。

 

ここでは、レジデントが高額な授業料を支払い研鑽を積む場、であることが前提だ。言い換えれば、「レジデントが経験を積むためにクリニックが存在している」と言っても過言ではないので、患者さんの意思や希望を聞き入れることは出来ないのである。結果的に、補綴科のコンサルを受けるのに1、2ヶ月以上平気でかかったり、誰も希望者がいない 嫌なら、市内の開業医でどうぞ、というスタンスなのである。そうはいっても、はやり患者さんが気の毒に思えて仕方ない場面に出くわすことが多い。本当にひどい話だ。治療費が支払えなくて治療がストップしている患者さんのいかに多いことか。

 

完璧な教育システムなど存在しないことは分かっている。実際すべての患者を抱えてしまったら、リクアイメントは満たせない。こちらもずっと入れ歯を作っているわけにはいかないのだ。優先順位を間違えると大変なことになる。すべてのしわ寄せは自分自身に降り掛かってくるのは経験上分かっているのだから。そんなジレンマを抱えながら、今日もコンサルを行い、入れ歯をすぐに作る必要がある患者さんをWaiting listに回してしまった。おそらく自分がこの場で担当医となれば、1ヶ月後もあれば十分終わるだろうに。

 

「日本とは違う。開業医とは違うんだ。ここでは患者さんに選択権はない。プロフェッショナリズムの有無とは違う。嫌なら治療を受けなければいいだけの話だ。。」

 

そう思い込むことにして、コンサルの時は、前歯のベニアのケースをひたすら漁る日々。こういうネガティブなことはあまり書くべきでないのかもしれないが、ここで起きている「事実」として残しておきたい。

いや、ここに書けないようなこれよりも衝撃的なケースが他にもあるが、それは帰国した時に、オフレコで紹介したいと思っている。アメリカ歯科医療の「影」ともいうべき実情もここでの歯科臨床の現実であり、そういったケースにこそ、日本の臨床家にとって「反面教師」として見習うべきことが多いような気がしてならない。この「影」の部分にこそ、アメリカ歯科医療のリアリティが隠されていると言えるのだから。

 

もはや戦友と言える仲になった三年目同期のレジデント達と