今回はやや専門的な内容になるが、抜歯後の治癒とその取り扱いに関して述べてみたい。インプラント治療を行う上でとても重要な概念だ。

歯は歯槽骨という顎骨の中に埋まっており、抜歯をすることによって生じる歯があった陥凹のことを抜歯窩と呼ぶ。抜歯窩の歯槽骨自体は何もせずとも抜歯後に自然治癒するが、その代わりに水平的・垂直的に骨吸収を起こして当該部位の顎堤(顎骨の土手)の形態変化を生じさせてしまう。

例えば、抜歯後すぐにブリッジを製作した場合、最初は歯肉と接する状態で作られたブリッジのダミー部分が、経時的に顎堤の体積が減少するために隙間が空いてしまい、審美障害、汚れがたまる、息漏れで発音がしづらくなるなどの影響が出ることがある(図1)。

図1:右上の犬歯部唇側に顎堤の大きな欠損がありブリッジの審美障害になっている。(R. Rai, et al. 2014.)

 

 

 

抜歯後にインプラント治療を考える場合も同様だ。

通常インプラント治療は顎堤にインプラントを埋めるのに頬側約2mm、舌側に1mmは最低骨の厚みが必要であり、平均してインプラントの直径が4mmと考えるとおよそ7〜8mmの顎堤の幅が必要になる。

しかし抜歯のみを行い自然治癒を待ちインプラントをいざ埋めようとすると骨の幅が足りずに大掛かりに骨を周囲に作る外科処置(骨誘導再生法:Guided Bone Regeneration, GBR)がインプラント手術の前にまず必要になることがある(図2)。

そうなると当然術後腫れやすく痛みが出ることもあり、患者・術者ともに苦労をすることになる。

図2:右上側切歯の唇側の顎堤吸収の陥凹に顎堤増大術を行いインプラント埋入している。(Thomas D. Bruyckere, et al. 2018.)

 

 

 

 

 

ではどの程度抜歯後に顎堤の吸収を起こすのだろうか?

2003年のSchroppの研究では抜歯後最初の3ヶ月で元々の顎堤幅の30%、12ヶ月で50%が吸収すると言われている。

エビデンスレベルの最も高いシステマティックレビュー(過去に行われた複数の独立した、1つのトピックに関する研究データを系統的に統合した研究)におけるTanの2012年の研究によると抜歯後6ヶ月以内に水平的に3.8mm、垂直的に1.24mmの平均的な顎堤の吸収が起きる。

これだけの骨の吸収が起きることを理解していれば、特に審美エリアの前歯など元々顎堤が細い部分などでは抜歯のみではインプラント手術が難しいことが容易に想像できるだろう。

抜歯後はどうすれば良いのだろうか?

インプラント治療前に大掛かりなGBRを避けるためにも歯槽堤保存術(Alveolar Ridge Preservation: ARP)が必要となることが多い。

ARPはGBRとは異なり、抜歯と同時に骨補填材を抜歯窩に移植し上述した顎堤の形態変化を抑制するための術式である。

骨移植材と人工膜を使い抜歯窩の蓋をし、数ヶ月の治癒を待ち骨が十分できてからインプラント埋入の手術を行う(図3)。

図3:歯槽堤保存術。側切歯の抜歯後人工の骨移植材と人工膜を置き縫合している。(H. R. Hong, et al. 2018.)

 

 

 

 

ARPを行うことで抑制できる骨吸収量についてもシステマティックレビューのデータがある。

2018年のGustavoの論文によれば、歯槽堤保存術を行うことによって、抜歯のみ行った場合の自然治癒に比べて平均として水平的に1.99mm、垂直的には頬側の中央部で1.72mm、舌側の中央部で1.16mmの骨吸収を抑えられる。

本術式は抜歯の延長線上のものなので、痛みや腫れが出ることもあまりなく難易度も高くない。

関連研究がたくさん行われており確実性が高いと認識されている治療法である。

また患者本人への術式自体の負担も少なく、後にGBRが必要になる可能性もかなり低くなるので、抜歯後インプラントを検討する場合や、審美エリアで顎堤の陥凹がブリッジのポンティック(ダミー部)に影響を及ぼす場合は本術式を是非検討されたい。

場合により、ARPではなくGBRによる骨増生を含む顎堤増大術が必要になる場合もある。

そのエリアについては次回以降紹介していく。

文責:歯周病治療・インプラント治療担当医 呉 圭哲